大判例

20世紀の現憲法下の裁判例を掲載しています。

東京地方裁判所 平成9年(ワ)6606号 判決

主文

一  被告は、原告に対し、別紙物件目録記載二の建物を収去して同目録記載一の土地を明け渡せ。

二  被告は、原告に対し、平成八年七月一〇日から右明渡済みまで一か月金一万一八三〇円の割合による金員を支払え。

三  訴訟費用は、被告の負担とする。

理由

【事実及び理由】

第一  原告の請求

主文と同旨

第二  事案の概要

本件は、別紙物件目録記載一の土地(以下「本件土地」という。)所有者である原告が、競売により本件土地上の同目録記載二の建物(以下「本件建物」という。)の所有権を取得した被告に対して、本件土地賃貸者契約が前賃借人の賃料不払いにより既に解除されていることを理由として、所有権に基づき本件建物収去本件土地明渡し及び本件土地の賃料相当損害金の支払いを求めたのに対し、被告は、原告が本件建物の抵当権者であった補助参加人に対して前借地人による地代滞納の事実を通知する義務を怠ったことなどを理由として右解除の効力を争った事案である。

一  争いのない事実等

1 原告は、本件土地を所有している。

2 原告は、昭和五九年五月二七日、訴外甲野太郎(以下「甲野」という。)に対し、非堅固建物所有を目的として、期間二〇年、賃料月額金九一〇〇円(毎月末日限り原告方に持参して支払う。なお、平成五年一二月分以降の賃料月額は金一万一八三〇円に増額された。)の約定で本件土地を賃貸し、引き渡した(以下「本件賃貸借契約」という。)。

3 補助参加人は、昭和五九年四月二七日、甲野に対し、金一五〇〇万円を貸し付けるとともに、右賃金債権を担保するため、甲野及び訴外甲野花子が本件土地上に共有していた本件建物につき抵当権の設定を受けた(明らかに争わない)。

その際、補助参加人は、本件土地の賃貸人である原告に対し、地代不払い等借地権の消滅もしくは変更を来すようなおそれのある事実の生じた場合には補助参加人に通知すること、本件賃貸借契約の解約もしくは内容の重大な変更を行おうとする場合は、あらかじめ補助参加人の承認を受けることなどを要請し、原告は、これに応じて、その旨記載した承諾書(以下「本件承諾書」という。)に署名押印して補助参加人に差し入れた(以下「本件合意」という。)。

4 甲野は、平成五年一一月分の賃料残金五一七〇円及び同年一二月分ないし平成八年一月分(二六か月)の賃料合計金三一万二七五〇円の支払いを怠った。

5 原告は、甲野に対し、平成八年二月九日到達の内容証明郵便をもって、未払い賃料金三一万二七五〇円を直ちに支払うよう催告するとともに、支払がないことを停止条件として本件賃貸借契約を解除する旨の意思表示をした(以下「本件解除」という。)。原告は、右解除に際し、補助参加人に対し、甲野による地代滞納の事実及び本件賃貸借契約を解除することを知らせてはいなかった。

6 被告は、平成八年七月九日、甲野及び訴外甲野花子が本件土地上に共有していた本件建物を、競売(東京地方裁判所平成七年(ケ)第二二七三号事件)により買い受けて取得し、同日以降、本件建物を所有して本件土地を占有している。

7 本件土地の平成八年七月九日以降の相当賃料額は、金一万一八三〇円である。

二  争点

1 本件解除の有効性

(被告の主張)

本件合意に基づく原告の補助参加人に対する通知義務は、借地権の消滅による担保目的物の価値の低下・消滅を回避し、その価値を維持・保全するためのものである。本件賃貸借契約の安定的存続を図るという本件合意の趣旨からすれば、原告が地代不払いを理由に本件賃貸借契約を解除する場合には、当然に抵当権者たる補助参加人に通知することが義務として求められるのであって、右通知は、解除権発生の要件である催告同様の機能を有するから、催告と同視されるべきであり、解除権発生・行使の要件である。さらに、本件合意により、本件賃貸借契約の解約もしくは内容の重大な変更を行おうとする場合は、あらかじめ補助参加人の承諾を受けることとされているから、補助参加人が本件賃貸借契約の解除を承認していない以上、本件解除は無効である。

(原告の主張)

本件合意により、賃料不払いの事実について原告が通知義務を負っているとしても、その懈怠は法定解除権の発生・行使には影響を及ぼさない。また、「借地権の保全に努めます。」という文言からすれば、これは努力義務を定めた規定に過ぎない。

さらに、本件においては、補助参加人は、本件競売記録等を閲覧しさえすれば、地代滞納の事実があること、原告が本件賃貸借契約につき解除の意向を有していること等を容易に知り得たのであるから、担保目的物を保全するための適当な措置をとるべき機会が確保されていたというべきであって、原告による通知義務の懈怠は治癒された。

2 原告による本訴請求が権利濫用にあたるか

第三  争点に対する判断

一  本件解除の有効性について

1 原告が補助参加人に対して差し入れた本件承諾書には、地代不払いや無断転貸など借地権の消滅もしくは変更を来すようなおそれのある事実の生じた場合又はこのような事実が生じるおそれのある場合は、原告及び甲野は補助参加人に通知するとともに借地権の保全に努める旨(4項)、また、原告及び甲野は、賃貸借契約の解約もしくは内容の重大な変更を行おうとし、又は、借地権を担保に提供しようとする場合は、あらかじめ補助参加人の承認を受ける旨(5項)の記載がある。

2 本件承諾書4項に定める通知義務の趣旨は、同項所定の事実が生じた場合、本件建物の抵当権者である補助参加人にとって、本件建物の担保価値に重大な変更を生じる可能性があることから、地主である原告及び賃借人である甲野に対し、右事実を補助参加人に通知すべき義務を負わせ、その義務の履行により、右事実の発生等を補助参加人に知らせて、補助参加人による第三者弁済もしくは賃料の代払い等を行うことを可能ならしめ、これにより、抵当権の目的である本件建物の従たる権利としての本件土地の賃借権の保全を図ることを目的とするものと解される。そして、同項の文言及び弁論の全趣旨によれば、同項のうち、借地権の保全に努めること自体は、努力義務を定めたに過ぎないというべきであるが、同項所定の事実の発生等を通知すべき義務は、単なる努力目標とか徳義上の義務と解するわけにはいかず、補助参加人と原告及び甲野との間の本件合意に基づく義務というほかない。

そうすると、原告による右通知義務懈怠は、補助参加人に対する関係では義務不履行による責任を招来する余地があるというべきであるけれども、そうであるからといって、直ちに、通知義務を怠ってされた本件解除が効力を生じないこととなるわけではない。けだし、原告の右通知義務は、補助参加人との間の本件合意に基づき同人に対して負担する契約上の義務に過ぎず、原告の補助参加人に対する右の不履行が原告の甲野に対する解除権の発生・行使に当然に影響を及ぼすものとは解されないからである。そして、前記のとおり、本件合意の趣旨は、借地権の消滅等による担保価値の減少の結果抵当権者である補助参加人が損害を被るおそれがあることから、同人に対し、それを回避する機会を与えることを目的とするものと解されるところ、原告が本件合意による通知義務に違反した結果補助参加人が借地権の消滅等を来すおそれのある事実の発生を知らないまま借地権が消滅したことにより損害を被ったような場合、補助参加人から原告に対して右損害の賠償を求めうる余地があることは別論、前記のような本件合意の趣旨から直ちに、通知義務の懈怠により本件解除自体が効力を有しないものと解することはできないし、本件承諾書の文言及び弁論の全趣旨によっても、本件合意が、原告の補助参加人に対する右通知義務の不履行により原告の甲野に対する解除権の行使が制限される趣旨を定めたものと認めることもできない。

3 被告は、また、本件承諾書5項により、補助参加人の承認がない限り本件解除は無効であると主張する。しかしながら、被告主張のように解するとすれば、原告は、賃借人に賃料不払いや無断転貸等の法定解除事由がある場合にも、補助参加人の承諾が得られない限り本件賃貸借契約を解除することができないことになるが、原告が法定解除権につきそのような重大な制約を受けることを承諾するということは、相当な対価を取得したというような特別の事情が存すれば格別、通常は考えられないというべきであるし、さらに、同項は、その文言からしても、また、4項と明確に区別して記載されていることからしても、4項に記載された賃料不払等を理由とする法定解除権の行使以外の事由による賃貸借契約の解約もしくは内容変更について、抵当権者である補助参加人の承認を要することを定めたものと解するのが相当であって、賃料不払いを理由とする本件解除については、そもそも5項の規定の適用はないと解すべきである。

4 したがって、本件合意違反を理由として本件解除が無効である旨の被告の主張は、いずれも採用し難く、本件解除は有効である。

二  権利濫用について

本件全証拠によっても、原告による本訴請求が権利の濫用であることをうかがわせる事情を認めるに足りない。

(裁判官 増森珠美)

自由と民主主義を守るため、ウクライナ軍に支援を!
©大判例